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若手を育てるベテラン教師になろう!
―達人教師・前田勝洋の学校行脚・その10―

1 ゴールデンウイーク明けに授業公開をするベテラン教師
2 この中学校には,研鑽の中心にいつもベテラン教師がいる
3 若手の手本になっているベテラン教師たちの存在
4 厳しさこそ,よき教師への道
5 新年度の出発に託す


 もう今年の年度も終わりを迎えました。それぞれの学校におかれましては,すでに新しい人事異動の内示も行われて,新年度への諸計画を模索されている時期であることでしょう。

1 ゴールデンウイーク明けに授業公開をするベテラン教師

 私がその中学校へ行って,授業参観をしたのは,ゴールデンウイークも明けて数日した頃でした。まだ新学期が始まって日が浅いうえに,大型連休のあとのことです。普通の学校では,こういう時期に研究授業をすることは,まずありません。子どもたちが休みボケをしていたり,新学期早々で育っていなかったりするから,みんな授業公開したがりません。それは,もっともなことです。

 ところが,この中学校では,それをやってのけたのです。

 私がその学校を訪問すると,Y校長先生が出迎えてくださいました。その日の授業公開の教師たちが,その学校のベテラン教師で,しかも3年生の子どもたちの授業であることに,私はとっても驚きました。

 一般的に研究授業を小中学校で行う場合,まず若手のどちらかというと「これから伸びなければいけない」という教師が多いこと,それに研究授業としては,3年生はあまりしないで,1年生や2年生が多いことです。

 そのことを申し上げると,Y校長先生は,「そうですね。そうかもしれません。でも,たとえば,中学校でこの時期の1年生は,『この学校の作品』ではありません。それは小学校から入学してきたばかりで,まだまだ慣れてもいませんし,指導も行き届いていません。そういう意味で,3年生こそが私たちの功罪そのものを表した作品です」「同じように,教職員もベテランはこういう研究授業を辞退することが多く,若手に体裁よく押し付けるのが一般的です。でも若手もやはりこの学校で,まだまだ苦楽を共にしてきた仲ではありません。これまでこの学校を支えてきたと言われる教師,この学校に長くいるベテラン教師の中に,この学校の良さも問題点も詰まっています。だから,それを前田先生に参観していただいて,指導助言をいただきたいのです」私は,Y校長さんが,きっぱり言われることに圧倒されるような感動を覚えたのでした。

2 この中学校には,研鑽の中心にいつもベテラン教師がいる

 その日の授業は,3つの授業が公開されました。学年主任級のベテラン教師の授業公開です。まずは,50代の女性教師の国語でした。中学校3年生ともなると,めっきり発言する姿勢も弱くなってきます。いきおい授業構成がプリント学習のような受け身の学習に終始するのです。

 ところが,その国語の授業は,古典の教材を読み深める,まさに真骨頂の授業でした。子どもたちも3年生でありながら,きちんと顔をあげて音読したり,話し合いをしたりしながら,深めようとしています。何よりも挙手する手の上げ方が,ピンと伸びています。授業者の教師も,明るい表情が安心感を表出しているのです。音読の声もか細い声ではなく,精いっぱい,がんばって読みあげている感じです。

 次の授業は数学の授業。これも少人数の学習形式ではありましたが,いまどき言われる習熟度別ではなくて、均質割の一方のクラスを担当した授業で,能力差をむしろ積極的に生かす授業でした。悪戦苦闘して苦労されている授業でしたが,それだけに見応えある授業でした。図形の授業でしたが,電子黒板を駆使してのわかりやすい表現方法を求めている授業になっています。

 3時間目の授業は英語の授業。この授業がまた見事な味を出しているのです。リズム感があって,テンポのある授業です。まさに「ラーニング」する授業の要素をたっぷり含んでいました。子どもたちのスピーキングも,国語の音読に負けない声量のある表現に驚かされました。

 私はその日の授業後の協議会で,「きょうの授業公開にかける本校の姿勢に,大いに共感しました」と,ベテランが機関車になって,しかもその学校に長くいる教師が手本になって,若手や異動してきたばかりの教師に見本を見せている教師集団の姿勢を絶賛しました。

 校長さんは,「先生に当たり前のことをほめていただいて恐縮です。でもたいへん心強い応援を得た気持ちになりました。ありがとうございました」と言われたのでした。

3 若手の手本になっているベテラン教師たちの存在

 私はその学校に,2学期に2回さらに授業参観に行きました。校長さんの言われたとおり,2回目は2年生の授業,3回目は1年生の授業でした。しかも,最後の授業公開は,今年度この学校に赴任してきた若手を中心にした公開だったのです。

 この学校は,実質的にベテラン教師が,若手の手本になっています。日常生活の中でのあり方も,ベテランの指導を受けながら,若手が精進していくことが,当たり前になっているのでした。

 そんなことは,当然のことであると言えるかもしれません。しかし,現実の多くの学校では,なかなか「指導・助言」が校内できちんと継続的に行われにくい雰囲気があります。

 今,管理職についている教師のみなさんの言われることに,「わしらはよく先輩教師に酒の飲み方から,子どもたちの扱い方まで教えてもらった。いや,教えてもらったと言うよりも,叱られたもんだ。先輩教師の怖かったこと,怖かったこと,思い出すたびに,震えがきたものだ」と懐かしむように言われます。「わしらが今どうにかこうにか,教師をしておられるのもそんな厳しさがあったからだ」と。

 では,その管理職にある先生方は,今の若手をそのように導いているのでしょうか。どうも私にはそういう姿勢を感じません。むしろ「○○研修会」に委託したり,初任者指導員にお任せしたり……職場の先輩後輩の中で,切磋琢磨する雰囲気が弱くなっているように思います。

 それは先輩に問題があるのか,後輩に問題があるのか,……はたまた雑務を含めての仕事の多忙化が,そういう「指導の時間や場」を奪ってしまったのか……そこは定かではありません。

 はっきり言えることは,今回私が訪問した学校は,私も指導助言に加わっていますが,少なくともベテランは若手に率先垂範していることは事実でした。

4 厳しさこそ,よき教師への道

 この学校も中学校としては,やや小規模に属するような学年2学級から3学級の学校です。このくらいの規模の学校ですと各教科の教師は2名ないし3名がせいぜいです。ことによったら,自分だけがその教科を担当するという教師も教科によってはありうることです。

 中学校は「教科の壁が高い」ことは,前にも書いたことがあります。ほんとうに高いのです。そうなると若手が「学びの先輩」を見つけたくとも見つからない学校もあります。

 この中学校では,「教科の壁」は取り払われていました。「学年体制」が基準になっています。学年主任を中心にして,ベテラン教師は,若手にその学年の経営のよき仲間になってもらわなくてはなりません。若手が育たなくては,この難局は乗り切れないのです。

 「この学校の学年主任はなかなか厳しいですよ。若手にはつらい日々かもしれません。でもその厳しさが今教師の世界にも希少価値になってきているように思うのです。」「私は,ベテラン教師には,若手を育てることのできないような先輩教師になるなと言っています。それだけに先輩教師もうかうかしてはおれないのです」Y校長さんは,今のこの学校の現状を話しながら,そう言われました。「外部からできる教師,やれる教師を異動で受け入れる時代ではありません。そんなことは期待もできません。だとしたら,この職場で切磋琢磨して若手に伸びてもらわなくてはなりません。ベテランも昔ながらの我流の授業に縛られているようでは成果は到底望めません」

 その3回の公開を訪問しながら,私は校長さんの軸をぶらさない学校経営への厳しさと,中学校教育のやりがいを強烈に教えられた気持ちになりました。何よりも,その学校の教師同士が,「互いに学び合おう」,「子どもたちこそ自分たちの仕事の結果を示している」という,厳然とした校長の願いである「事実づくり」を,しっかり受け止めていると見えたことです。

5 新年度の出発に託す

 新しい年度が始まります。異動で新しくこの学校の一員になった教師も,明日からすぐに「戦力」になっていくことが要求されます。

 「私の学校では,新年度,子どもたちがまだ登校してこない段階での「学年研修」を大事にして,意識して時間を確保しています。」「郷に入れば郷にということばもありますね。それゆえ,異動してきた教師や新任教師には,自分なりの考えや実践経験があるかもしれません。私の学校の「学年研修」は,それを否定するような荒療治かもしれません。しかし,一人ひとりの教師がバラバラで教育にあたることは許されません。それだけにこの4月が長い長い一カ月になります」と校長先生は厳しいまなざしでお話しされました。

 私たち教師は,誰しも「授業は大切だ」と認識しているはずです。ところが授業について研鑽するときになると,ベテランは,後輩にげたを預けて知らん顔,中学校も3年生は受験対策もあって,教え込み中心の詰め込み教育で,とても研究授業の公開どころではない,という現実があります。そんな中で,Y校長さんの学校経営の在り方は,きわめて明白で当たり前のことを当たり前のように,きちんと実践しておられることで,私自身が多くのことを学ぶことができたのでした。

 「私たちは,授業技術を先輩から後輩へ伝えていく責任があります」「この学校に来たら,どの教師も自分のやり方をひとまず置いておいて,この学校の経営の戦線に加わってほしいのです。そのためには,この学校ではどういう授業をどういう姿勢で行っているか,はっきりと具体的に後輩や赴任してきた教師に診てもらう必要があります。」「みんな勝手勝手に授業をやっていたのでは,子どもたちは戸惑うばかりです。先生たちも力を合わせてやってくださっているんだなあと,子どもにしみ込ませてこそ,教育成果につながり,人間教育になっていくと思うのです」と,さわやかに語るY先生の考えに,私自身,身の引き締まる思いで,この学校を後にしたのでした。

 新年度には,きっとY校長さんの学校では,そんな出発の「学年研修」が基盤になりながら,学校経営の船出がなされるに違いありません。





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