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入学式直前の「現職教育研修」 |
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「学校はたのしいところであらねばならぬが,歯をくいしばって,涙をこらえてがんばるところである」 |
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学校経営の基盤としての教育文化を |
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授業の進め方の基本原則を共有する |
1 入学式直前の「現職教育研修」
春の季節が巡って,学校はまた「新しい年」を迎えます。きっと,それぞれの学校においては,新年度に向けて,あれこれと意義ある経営を画策されていることと思います。
私はここ数年,年度初めに必ず訪問する学校があります。I小学校です。やや山間部の小学校ですが,学校の近くに団地ができて,急激に子どもの数が増えてきました。そうなると各学年の学級数も多くなってきました。児童数が,わずか数年でいままでの倍以上になってしまったのでした。そうなると,教師の異動も激しくなって,いわば教師も寄り合い所帯の感を呈してきたのでした。
そして,危惧していたことが起きてしまいました。それまでの山間部ののんびりしたムードの学校は,新しい子どもたちの増加とともに,新しい保護者の増加を生み出してきました。いきおいI小学校の授業や学級経営を中心にした学校経営方針を巡って,保護者のクレームも増えてきたのです。
学校経営が崩れるのは,あっという間でした。いままで穏やかな風の流れる学校が一気にあっちの教室,こっちの教室で「学級崩壊状態」になりました。教師の中には,担任生活が続けられず,休職を余儀なくされる教師も出てくる有様だったのです。
そんな真っ只中に赴任したK教頭さんは,「これは危ない」「学校全体が病んでいる状態になっている」と強く感じたと言います。それぞれの教師たちは,個々になんとか崩壊しないような学年経営,学級経営をしようとするのですが,所詮みんなの連帯感が欠如していて,意思の疎通が図られていません。「みんな一生懸命だけれど,一人ひとりがI小学校の教育実践の力になっていくという結束感がない」とK先生は思いました。
相変わらず学級崩壊状態になったり,教師が休職や療養休暇を申請したりする中で,「学校が一体感を持って学校経営にあたる必要がある」と強く思うようになったのでした。
そんなときに,K教頭先生から私に電話がありました。「なんとか学校を再建したので,先生の助言を仰ぎたい」「それも年度途中ではなくて,まだ子どもたちが入学してこない前の段階から,学級経営の仕方,授業の仕方について,指導を受けたい」というものでした。
こうして,その次の年度の始った4月2日に,私はI小学校を訪問したのでした。
2 「学校はたのしいところであらねばならぬが,歯をくいしばって,涙をこらえてがんばるところである」
私は招かれたことに感謝しながらも,「先生方が,この入学式前のこの時期に,現職教育研修を行うことの意義」を高く評価しました。
今の学校は,I小学校ならずとも,さまざまなトラブルやクレーマー的な保護者の標的に,教師がなってしまって,教師は自信をなくしています。勢い教師の仕事への熱意も力強さも腰がひけて,「甘くて冷たい」子どもへの対応になりがちです。ほんとうは,子どもたちが「人から人間への成長」を遂げていくためには,教師は子どもたちを「厳しくかわいがる」姿勢を堅持しなくてはなりません。しかし,そんなことを一人や二人の教師で行おうものならば,すぐに子どもや保護者から標的にされて,「学級崩壊」や「教師不信」に陥ります。
私は言います。
「今や学校は,一枚岩の実践活動,経営感覚が重要視されます。それは画一的な教育をしなさいということではありませんが……」「その学校の先生方が,自分の学校の子どもたちをどう育てるか,吟味して,それを具体的な学習規律,学習方法に反映していかなくてはなりません」「それぞれの先生方の持ち味はその土台の上に,花開いてこそ意義深い実践になります」と。
私は,まずは,I小学校の先生方に「学校はたのしいところであらねばならぬが,歯を食いしばって涙をこらえてがんばるところでもある」ことをしっかり意識してくださいとお願いします。このことは,単に学級担任の意識や姿勢の問題ではなく,校長先生を含めて全職員の意識や姿勢にならないといけないと強調します。
校長先生には,「年度初めのPTAの総会でも,『学校はたのしいところであらねばならぬが,歯をくいしばって,涙をこらえてがんばるところである』と保護者に強く訴えてください。機会を見つけて地域や子どもたちにも呼びかけてください」とお願いします。
それは誤解を恐れずに言えば,ある意味で保護者をそのような意識に洗脳しなくては,到底「人間を育てる」ことにつながらないのです。I小学校の先生方全員がそのこと理解して行動するように,私は訴えるのです。
もちろん,学校はたのしいところでなくてはなりません。「学校大好き!」と子どもたちをして言わしめることが大事なことです。しかし,学校は「たのしい」だけでは,子どもたち一人ひとりが人間的な成長を実感できる場に到底なりません。
歯を食いしばってがんばってこそ,少しずつ子どもの中に育つものが,あるのです。
それは何度も言うようですが,「甘くて冷たい」教育では,成り立ちません。「厳しくかわいがる」教師の姿勢こそが,肝要です。
3 学校経営の基盤としての教育文化を
私は,そんな話をしたうえで,次のような項目を,教師たちに語りかけます。
◆人間を育てる5原則の実践を◆
☆ 明るいあいさつがいっぱいの教室(教師)
・「おはようございます」とおじぎをして挨拶する
・「さん,君」をつけて名前を呼ぶ
・「うなずき」をいつも心がける
☆ 「ありがとう」の飛び交う教室(教師)
・「ありがとう」を一日100回言おう
・気になる子どもにこそ,声かけを
・「掲示物」にありがとうの精神を表現する
・教室が,競争主義になっていないか,見直す
☆ みんな「授業というバス」に乗る教室(教師は運転手)
・学習規律をていねいに指導する
・本時の学習課題が明確であること
・できない・やれない子どもに,参加のチャンスがある
・「できた,やれた」よりも「しようとした」ことを評価する
☆ 「まちがい」がこわくない教室(まちがいを生かす教師)
・まちがいを決して笑わない
・「つまずきこそ勉強のタネだ」とする意図的な取り組み
☆ 歯をくいしばってがんばる教室(応援する教師)
・「ここががんばりどころだ」と一緒に励む
・真剣さを出す勇気を育てる
・決してあきらめない。「信じているよ」と言える
その一つひとつに事例を引用しながら,I小学校の先生方に呼びかけていきます。
「ありがとうを100回言おう」と決断して実践したある中学校が,荒れからどう立ち直っていったか。
授業中,プリントを配布する時に,「はいどうぞ」「ありがとう」の声かけができ,教師に給食を配ぜんする子どもに,「ごくろうさま,ありがとう」といつも言える教師になってほしいこと。子どもたちの何気ない行いを当たり前と思わず,いたわりの心で包むやさしさをもつ教師になってほしいこと。意識して機会を見つけ,子どもたちを肯定的に認めていく姿勢を先生方の共通の実践事項として,取り組んでほしいこと。
授業というバスに子どもたちが乗り込んでいることを,つねに最優先する教師になること。授業への参加度を決しておろそかにしない,子どもたちのつまずきを見逃さず,バスを止めて待っている教師であってほしいこと。そして,何よりも,「やれた,できた,わかった」という結果主義的な能力評価ではなく,「がんばれたか,挑戦できたか」という努力主義への転換を,教師がつねに意識すべきこと。
などを,できるだけ,ていねいに,ていねいに,I小学校の先生方の目を顔つきを見つめながら,語りかけるのです。そして,この五つの☆印について,それぞれの学年が輪になって,「どの項目が自分たちの学年経営には必要か」グループトーキングをしてもらいます。そして,全校の教師のいる前で,それぞれの学年に,「今年はまずどこの項目に重点を置いて4月をスタートするか」その決意を語ってもらうのです。
こんな語り合いをしていると,だんだんI小学校の先生方の表情がおだやかで,真剣で,本気になって行くのです。まさに「学級びらき,学年びらき」を目前にしての決意表明になっていくのでした。
4 授業の進め方の基本原則を共有する
I小学校での私の語りは,授業の進め方の基本原則に入ります。先生方は,一生懸命やろうとしていますが,それは時として「我流」になることがあります。互いの教師の「教え方,学ばせ方のズレ」が,子どもたちの学習活動を混乱させて,「授業成立」を危うくすることも多々あります。それだけに,「授業の基本的な進め方を共有化することは,その学校の大黒柱である軸をしっかり築くことになると思うのです。
今,ここにその話したことの中身を羅列してみましょう。
◆授業の基本原則◆
1 日頃の授業を見直す
・学習課題を必ず提示する。この時間に何をするかを明確にして始める。
・板書練習をする。三色のチョークを活用して,1時間の授業を一枚の板書で
構造的に書く。
・はじめと終わりを意識して行う。延長授業をしない。最初の5分を導入と
して位置づけ,最後の10分を終わりとして位置づけ,授業の離陸,着陸をする。
・ベルタイマーの活用をする。「今から5分で行います」と指示して,時間延長
をしない。机間指導をしながら,個別指導にあたる。
・アイコンタクトをつねに意識する。ドッジボール的な授業ではなくて,キャ
ッチボール的な授業に努める。子ども目線,教師目線の行き交う授業。
・座席の形態を習慣づける。一斉前向き,コノ字型,班の隊形などに5秒以内で
変える訓練をする。
2 授業での「学習の仕方」を教える
・「つけたし発言の仕方」を教える。
<つけたし発言のことば>
「誰々さんと同じで(似ていて)……だと思います」
「誰々さんにつけたして……です。」
「誰々さんとちょっと違って……です」(「誰々さんに反対で」は言わな
い)
<発言の切り出しことば>
「たとえば,で言うけれど」
「話を変えるけれど」
「前に戻るけれど」
「誰々さんにおたずねするけれど,私はこう考える(思う)けれど,どうです
か?」
・聴き方を教える。話し手の方に顔を向けて聴く。反応する仕方(うなず
きを大切にする「なるほど,そうか,へえー」)を教える。
・音読の仕方を教える。
起立して読む。(バラバラ読み,列読み,代表読みなど)(「読み終わった人
から座りなさい」とは言わない。「3分間読みなさい」と指示する。)
・指読みの仕方を教える。座って読む場合,代表の子どもが読んでいる場合,
「指読み」をして文字に着目した「読み方」をする。(社会科,算数・数学
の文章題,理科,英語などにおいても,指読みは効果的である。文字をきちん
と読む習慣づけになる)
・一時間に書く場面を位置づける。
「今から5分で,三つ見つけてください」と指示する。
書く活動は,箇条書き,羅列書き
机間指導をしながら,個別指導する(誰が何を書いているか,見届ける)
・黙って挙手する。挙手するときは,「はい,はい」と言わせない。
ハンドサインを活用する。
ノートを見ないで発言することに慣れさせる。
発言者に対して,つねに反応する。
これらのことは,授業をリズムよく進める基本でもあります。課題は,子どもたちにその基本原則を徹底させることです。「先生方,どんないいことでも,子どもたちに根気強く継続的に,体にしみこむように,教えてやってください」「その場合,やれない子どもを責めるのではなくて,やれた子どもを称賛することです」
I小学校には,ここにきて,ほんとうに落ち着きのある授業風景,積極的な学びを実現する教室が生まれてきています。
あの荒れた学校だったことが,うそのような教室風景がI小学校の今の姿になりつつあります。
つねに,現実の厳しさを認識しながら,毎年年度初めのこの催しは,I小学校の出発儀式になっています。
好評! 前田勝洋先生の“教師の知恵とワザ”の真髄を伝える4部作(黎明書房刊)
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