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前田勝洋 教育を拓くD
語り合う教師集団が学校をつくる

−同僚性と連帯性とに支えられた職場−

年度初めの抱負を語り合う
教師同士の学び合い
管理職も誓う職場に
年間3回の「教育実践を語る会」


私は,今年も年度初めの4月4日(水)に,M小学校を訪問したのです。私は,その日をとてもたのしみにして出かけました。それというのも,その日は,M小学校のいわば,「教育実践事始め」の日であったからです。
M小学校のこのような「教育実践事始め」のつどいは,もう数年続いているでしょうか。今回は,そんなM小学校の「教育実践事始め」のつどいが,どんなことをする会なのかを紹介したいなと思います。

 1 年度初めの抱負を語り合う

 (1) 「教育実践事始め」に参加する
 M小学校で,このような「教育実践事始め」が,行われるようになったのは,前任校長のT先生が始められたことでした。T校長先生は,「学校が,一枚岩の経営主体になるには,教職員が,互いの教育実践を共有化することが大事なことだ」

 「教師は,自分の学級を担任するのだが,学級王国になるだけではなくて,孤立化することもある。学級のさまざまな悩みやつらさを担任独りで抱え込んでやることは,決していい結果を生み出さない」「みんなで助け合い,思いやって行く学校にしなくてはならない。そのためには,この職場の連帯性と同僚性を強めていくことが大事なことだ」ということを教職員に語られ,スタートしたのでした。

 この「教育実践事始め」には,校長以下,教職員全員が参加します。その教職員一人ひとりが,4月のまだ子どもたちが登校しない前に,「今年度の自分の授業実践や学級づくりについて,率直に夢や希望を語り合う」会です。

 まずは,今年の4月4日に私も参加して行われた会の中での雰囲気を,みんなの話から,感じてもらいましょう。その日,M小学校の会議室で,校長以下23名の教師たちが集まって行われました。

 会は,机を大きくロの字に並べて,互いの顔を見合いながらの語らいです。 
 1年生の担任のA先生から順番に,自分の今年にかける抱負を語ります。

 (2) 1年生の担任を希望したA先生
 A先生「ぼくは,今年は1年生を希望しました。(大丈夫かなあの声(笑い)拍手)ぼくはいままで高学年ばかり担任して……いつの間には15年が過ぎてしまったのですね。それで,このままでは,低学年を一回も担任しない偏った教師になると思ったのですね。そんなことで,たぶんうまくやれないことを承知で,1年生を希望しました(拍手)。」

 「ぼくは,早口だし,照れ屋なんですよ(ホントなかあ?)だから,1年生を担任して,今年は『演じる』ことのできる教師になりたいのですよ。」「それにもう一つは,いままで1年生の授業を参観するたびに,担任する先生方のねばり強い『待つ姿勢』が,自分には到底ないと思っていました。だから,それにも挑戦したいのです。がんばります」(拍手)

 まあ,こんな調子で会はスタートしました。A先生は,男性教師です。ほんとうにいままで低学年をやったことが皆無なんですね。その彼が,今年度は1年生を希望したことに,私は心底驚きました。また,その挑戦をぜひとも生かしてやろうとした管理職の配慮にも感心しました。

 (3) 子どもと一緒にスタートラインに立ちたいというQ先生
 次は,Q先生の番です。やはり初めての1年生担任で,3年目の女性教師です。

 「私は,いままで,2年間この学校で過ごしてきて,いつも焦ってばかりの自分でした。」「何をやっても隣りの先輩クラスには到底及ばないのですね。だから,なんとか子どもたちを脅迫してやらせてきたのです(爆笑)。でも子どものほうがたくましくて,私はいつも泣いていました」

 「やっぱり私は,子どもたちに話し合いのやり方を教えていないのに,要求ばかりする,そんな教師だったのですね。だから,そんなのいくら子どもを脅迫しても萎縮するだけで,何もできません。」「だから,今回希望ではなかったけれど,1年生の担任になったことをいいことに,自分も1年生と同じだということで,スタートラインに立ったつもりで,一つ一つ教えながら,一緒になってがんばっていきたいのです」

 Q先生の自分を正直に告白するような語りには,同席しているみんなをうなずかせるに十分でした。私は,「Q先生って,すごく几帳面ですよね。それが自分で自分を窮屈にしている面があると思うのです。だから,子どもと一緒に歩むという気持ちが,なぜかすごく新鮮に感じましたよ」と話したことです。

 2 教師同士の学び合い

 M小学校は,学年3クラスずつの学校です。ここでは,全員のみなさんの語りを紹介したいのですが,それではなかなかたいへんですから,主な人のコメントを記したいなと思います。

 (1) 2年生を持ち上がったK先生
 2年生を担任することになったK先生は,去年からの持ちあがりです。もっとも学級は編成し直しているのですが,去年は1年生の担任でしたから,顔見知りの子どもたちです。K先生は,去年,ほんとうに苦労をしました。子どもたちが,入学当初から,まったく落ち着きませんでした。椅子にじっと座っていることのできない子どもが,たくさんいました。授業どころではありません。
 教頭先生も毎日のように,お手伝いでK先生の教室にいました。
 K先生の授業を6月に参観したとき,その教室の騒然とした雰囲気に,私も驚きました。座っていない子ども,姿勢が崩れる子ども,おしゃべりを平気でしている子ども……もう蜂の巣を突いた状態とは,この学級の状態をまさに表していました。

 でも私がもっと驚いたことがありました。それは,K先生の表情でした。そんな騒然とした雰囲気の中での授業でありながら,まったく落ち着いた顔つきで,子どもたちを指導しています。「はい,このあさがおさん,みんな見てよ」じっと子どもたちを見渡して,子どもとアイコンタクトをします。初めにちゃんと見ていた子ども,先生と目のあった子どもも,K先生が最後の子どもを見ているときには,もうごそごそしています。

 それでもK先生はできるまで待ちます。「あっ,あのあさがお,ぬれているよ!」一人の子どもの声にみんなの目が一斉に集まりました。「すごいことを見つけたねえ。今,さおくんが見つけたように,自分のあさがおさんのすごいところを二つ見つけてほしいんだけれど,見つけられるかあな。」「がんばるよ!」そんなやり取りの中で,子どもたちは一斉にテラスに出て,あさがおさんを観察するのでした。

 K先生は,「私は,子どもたちを今一生懸命見ています。それで一人ひとりの子どもの言動や性格を観察して……叱ることばかりの教師では,彼らはやる気になりません。……だから,自分に根気強くやるんだ,きょうも根気強く……と言い聞かせて,教室に出向いています」と話されたのでした。

 そのK先生の学級を年度末の2月に参観しました。

 そうしたら,どうでしょうか,みんなみんな椅子に座って,授業をちゃんとしています。国語の時間でしたが,音読に気持ちを入れて体をふりふり読んでいます。「心のテレビに映ったところ見つけ」をやっています。話し合い,聴き合いができるようになってきているのでした。私は,ほんとうに驚くとともに,「K先生,あの6月の授業の記録(ビデオ)ときょうの授業の記録(ビデオ)を保護者のみなさんにも見せてあげてくださいよ」と話したことでした。それほどの大きな変容です。

 職場のみんなは,K先生が,どれほどの苦労をしながら日々過ごしてきたのかをちゃんと知っています。
 ある先生は,「K先生は滅多に怒らないというか,……私などはいつも怒っているから効き目がないのですね。でもK先生はここぞという時を見逃さずに,きちんと指導されています。あれが私にはできない……」「K先生,先生は,子どもたちが騒然としていてうるさくないですか。私は我慢が足りないのでしょうか」
 K先生は笑いながら。「私も怒り心頭ですよ。でもね,だんだん私も年齢を重ねてきて……だんだんずるくなったというか,……そこで叱っても効果は逆効果だと思えるのですね。がまんがまんと心に言い聞かせているのですよ」と語られます。

 そんなK先生が,2年生を持ちあがったのでした。いや,校長さんも教頭さんも,今のこの腕白な2年生を落ち着かせるには,K先生にお願いするしかないということです。

 K先生は,「教育実践事始め」で語りだしました。

 「私は,ずっと前の学校でほんとうに学級崩壊状態になったことがありました。その前の学校でもなかなか難しい子どもたちを担任しても,どこかでこの子たちをなんとかできる自信があったのですね。」「でも代わった学校での5年生を担任して,私はまったくどうしようもないほどの状態になったのです」「力で押さえてしまうような学級経営はもうダメだ,いまどきの子どもは,そんなに簡単に落ち着かないことをいやというほど知らされました。だから,私はこの子たちとも,なんとか付き合えるようになりました」
 みんなは,感心して聴いています。K先生の話は続きます。「私は,この子たちが,どんな成長過程を通って大きくなっていくのか,見届けたいのですね。だから,喜んで今の子どもたちを2年生でも担任したいです」(大きな拍手)

 そんな話し合いの雰囲気は,とてもジーンとする温かいものが流れているのでした。K先生の語りに,学ぶ若い教師たち。それはまさに教師同士の学び合いを象徴するものでした。

 (2) 特別支援学級から普通学級の5年担任を希望したR先生
 R先生は,去年まで特別支援の学級を担任していました。それが今年は普通学級の5年生担任を希望したのです。

 私は,特別支援を体験した教師は,普通学級を担任したときに,その体験が生きる場合と,生きない場合があることを感じてきています。特別支援学級の担任は,「この子の自立を……」と考えて,「どうしたら,この子の目が輝くか」を考えているのです。

 それに対して普通学級の担任ばかりをしている教師は,どうしても大勢の子どもたちを相手にしていて,一人ひとりを忘れがちになります。「授業をどうつくるか」に関心があっても,子どもたちの育ちを追い切れないのです。

 またその逆に,特別支援を担任している教師は,大勢の子どもたちの扱いに慣れていません。そんなことで余裕をなくしてしまう場合もあります。R先生もそのことを忘れていません。

 「私は,今年は5年生の子どもたちと一緒に,3つの花を咲かせたいなと思っています。」「その花とは,パワーという花,二番目は,個性という花,三つ目は,ほんとうに瑞々しい花のある教室です。」「私が余裕がないときは,きっと教室の本物の花も枯れているかもしれません(爆笑)。だから,ときどき私の教室をみなさんは、のぞいてくださいね。それで花が枯れていたら,声をかけてくださいね」(爆笑)。R先生の話は,とてもユーモアに富んだ話でした。

 5年生という学年は,生意気盛りの年頃になります。その子どもたちと格闘するR先生に対して,みんなは大きなエールを送ったのでした。

 3 管理職も誓う職場に

 最後のほうになりました。

 (1) 教頭先生の話
 今度は教頭先生が語りだします。教頭先生は,去年教育委員会から赴任されたのです。もともとは中学校の英語の教師でしたから,初めての小学校の体験でした。「私は中学校にいるときに,中学校はたいへんだし,疲れることばかりだと思っていました。」「だから,小学校はらくだろうから,変わりたいなと思っていたのです。」「でも小学校へ来て驚きました。私のイメージしていた小学校とぜんぜん違うのです。」「子どもって,こうやって育てていくのかをどれほど感じた昨年度であったか,わからないほどのカルチャーショックな体験でした。」

 教頭先生はほんとうにいつもいつもビデオの機材を持って教室を巡った一年でもあったのです。

 「今年も教室をウロウロしますが,どうか変な奴がきたと追い出すことのないようにしてください。」(笑い)「私も少しでも小学校の教育実践について学んで力をつけたいですから」

 それは教頭先生のほんとうの気持ちであったのです。

 (2) 校長先生の話
 校長先生の話も続きました。

 「私は前にこの学校で教頭を務めたことがあります。それだけに懐かしいですが,あの頃はほんとうに保護者の苦情や子どものトラブルでたいへんでした。去年も私は前任校長先生にお招きをいただいて授業を3つ参観させてもらいました。」「そのときに,こんなにも子どもたちが変わってきたのかと驚きました。」「T校長先生から、私に代わった途端,子どもたちが荒れたり,保護者のクレームが増えたりしたら,私の不徳の致すところです。」「だから,私も仲間の輪に入れてもらうために,T校長先生には負けるかもしれないけれど,年間150回くらいは,授業参観で教室にお邪魔したいです。だからよろしくお願いします」

 校長さんの緊張感のあるまさに「誓いのことば」のようなお話は,みんなにも納得のいくものでした。

 私も最後に参観した感想を述べさせてもらいました。この学校に6年間かかわる中で,このような会があるからこそ,みんなが一枚岩になれるのだと思ったことでした。
 多くの学校で「一枚岩の実践」ということが声高に言われます。しかし,それは具体的な取り組みがなされてこそ,めざすことも達成されましょう。そんなことを強く感じたひとときでした。

 2時間という時間があっという間に過ぎた感じでした。

 4 年間3回の「教育実践を語る会」

 M小学校では,この「教育実践事始め」を含めて,このような会が3回行われます。
 夏季休業中の「1学期を振り返り,2学期に向けての実践を語る会」

 お正月明けの1月の「教師としての新しい年に向けての抱負を語る会」

 です。もうこのような会が,設定されていることが当たり前になったM小学校です。しかしながら,私はM小学校のような「語らい」が,日常的に行われている学校を他に知りません。

 5 気心を通い合わせる職場に

 学校という職場が,「業務連絡だけ」をするだけの職場になったとしたら,危ないなあと思っています。私も現役の頃は,「雑談こそ学校の活性源」だと思っていました。「語らうこと」「他愛のない話をすること」「笑いと涙のある語らいのできる職場であること」をモットーにしてやってきました。

 職場が,授業以外は,パソコンの画面に向かって仕事をしているような,寒々とした職場にならないことを願うばかりです。あっちこっちの学校で,M小学校のような動きが生まれることを願わずにはおれません。





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